皆さんは学生時代、カンニングをした経験はありませんか?
最近はカンニングの手段も高度化しているようですね。
●ティーンズの35%が携帯電話でカンニング経験ありーITpro
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子供にとって有益なメディア利用の促進を図る団体Common Sense Mediaが米国時間2009年6月18日に発表した調査結果によると,学校に通う13~18歳(ティーンズ)の35%が,テストや宿題などで携帯電話を使い不正行為をしたことがあると認めた。また52%がインターネットを利用した不正行為の経験があるという。
----------引用ここまで-------------------------------
何が問題なのか、私の意見を書きます。
ルールを破る不正行為が問題だと倫理観が大事なのは確かです。
しかし、ネット上の検索で何でも調べられるこの時代に、カンニングで正解できるような問題を出題することが、本当に重要なのでしょうか。ルール自体に問題がないのか疑うことも必要だと思います。
社会に出てから必要になる能力は、このような情報を覚えることではなく、必要な情報をピックアップして、そこから読み取れることは何か?それはなぜか?自分たちはどうすべきか?と考える力です。
仕事上で発生する問題に対する答えは一つとは限りません。
まして、理想的な回答例なんてないのです。
その中で答えを導き出すためには、事実(情報)を集めて仮説を立て、それを検証し方針を考える、という能力が必要になるのです。
さらにこの記事に書いてある「インターネットからダウンロードした文書を自身の宿題として提出する」というのも、一見、ダメだと言いたくなります。
しかし正直、私も今の時代に学生だったとしたら、同じことをしたと思います。ただ、そのままコピー&ペーストするとバレるので、少し文章を変えたりしてごまかします。
なぜ、そんなことをするのか?課題が面白くないからです。時間のムダだと感じ、さっさと終わらせようとするのです。
どこにでも答えが転がっているような課題なんてつまらない。もしかすると、出題する側の姿勢が答える側に伝わるのかも知れません。
最近、日本においても、ウィキペディアをそのまま論文にコピー&ペーストする学生がいるようですが、答えがそこにあるとわかっているものを、利用しない手はありません。ただし、ウィキペディアは2次、3次情報であり、1次情報ではありません。そのことを理解させられれば、丸写しは減るかもしれません。
私が先生であれば、例えばこういう問題をテストで出題します。
「この●●の分野において、ウィキペディアにまだ記載されていない新しい項目を追加し、その最初の記事を自分で投稿せよ。」
あるいは、
「この●●の分野において、ウィキペディアに記載されている項目のうち、間違っていると思う部分を指摘し、その根拠を述べよ」
という課題を与えます。
自分が最初に記事を投稿するには、それなりに調べる、あるいは検証する必要があります。また、投稿した記事が他のユーザに書き換えられてブラシュアップされていくプロセスを観察するのも、勉強になります。
世の中には、こんな視点があるのかという新しい発見が得られるのももちろんですが、ウィキペディアがなぜこれほど発展したのかを垣間見ることができるでしょう。
Web2.0時代のネットワークの威力と可能性を実感できる、いい機会になるはずです。





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