デジタルデバイド(情報格差)という言葉をご存知でしょうか?
デジタルデバイドとは、インターネットや情報機器を使いこなせる人と、使いこなせない人との間に生じる、情報量の差のことであり、これにより機会や貧富の格差が生じると言われています。
例えば、このデジタルデバイドと、がんの死亡率との関係について、白鴎大学教授で医学博士の海原純子さんは次のように述べています。
●土曜日に働くアメリカ人 2009.3.15 sun-海原純子のダイアリーより
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すべてのがんについて黒人の死亡率は白人にくらべて高い。がん予防には予防知識と実践、早期発見が不可欠だが、低所得層や教育が不十分な人々では情報不足が予防の障害となる。インターネット普及後はその格差はますます増大している。
私の所属しているビスワイス博士の研究チームでは、国の援助によって格差縮小を実現し、がんを予防しようという大がかりな試みをスタートさせた。低所得の人々に無料でパソコンを提供し、パソコン教育を実施。ハーバード大学の開発した小学6年程度で理解できる医療情報にアクセスできるようにした健康教育です。
-----------引用ここまで------------------------
情報格差を解消する取り組みとして他に有名なものとして、非営利団体「One Laptop per Child(OLPC)」が実施している、「発展途上国の子どもたちに1万円のPCを配布するプロジェクト」があります。
●MITメディア・ラボが100ドルのLinuxノートPC開発活動の団体を設立,「発展途上国の子供全員にノートPCを」
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MIT Media Lab(マサチューセッツ工科大学メディア・ラボ)は,発展途上国の子供1人ひとりに価格100ドルのLinuxノート・パソコンを提供する活動に取り組む非営利団体「One Laptop per Child(OLPC)」を設立した。MIT Media Labが,9月に公開した活動に関するFAQのなかで明らかにしたもの。
(中略)
デスクトップ・パソコンよりも高価なノート・パソコンを選んだことについては,「子供達が(学校などだけでなく)夜には家に持ち帰って使えるモバイル性が重要」と指摘する。
-----------引用ここまで--------------------
この活動は今でも続けられており、次のような成果が挙がっているようです。
●「1万円パソコン」プロジェクトのその後ーーThe NYT紙が現状報告
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発足以来、31カ国で50万人の児童たちが「1万円」パソコンを使っています。(厳密には量産体制が組めておらず、結果的には「2万円パソコン」になっています)現時点では、2009年春を目指して、追加50万台のパソコンが発注・製造プロセスに入っています。
(中略)
6歳から12歳迄の児童たちが「1万円パソコン」を入手する事で、勤勉さが上昇、学校欠席率が激減している事が、発展途上国の教育現場から報告されています。
-----------引用ここまで--------------------
発展途上国の子どもたちにインターネットにつながるノートパソコンが行き渡れば、彼らにとって、どんな可能性が広がるのでしょうか?
例えば、Googleが、「Google Adsence」というサービスを提供しています。これは、Webサイト(ホームページ)の運営者に対して、広告収入を得る機会を与えるものです。
具体的には、Googleに出稿されている広告を、自分の運営するWebサイトに掲載し、その広告がクリックされた際に、Googleから、自分に対して、広告費の数パーセントが報酬として支払われるというサービスです。報酬額は、サイト運営者がどの国の人かは関係なく、同じ金額(ドル換算)です。
これは、何を意味するのでしょうか?
日本においては小遣いにしかならない広告収入でも、発展途上国の人にとっては、生活できるレベルの金額になり得るということです。
今や、ネットにつながる環境さえあれば、ブログなどのツールを使って、無料で簡単にWebサイトを立ち上げることが可能になりました。GmailやYahoo!メールなどのWebメールを使えば、メールでのコミュニケーションも無料です。自分が興味を持った情報を発信するクリエイティブさがあれば、広告収入で食べていける可能性があるのです。
発展途上国の子たちが、その勤勉さとハングリーさを発揮すれば、ネットは彼らの可能性を広げてくれるいいツールになるに違いありません。
実際、ノートパソコンを配布された子どもたちの表情を見ると、その可能性を感じます。
日本においては、携帯電話を持たすべきか持たさないべきかという議論ではなく、「インターネットは今後、道具として使いこなさなければならないもの」という前提に基づいて、子どもたちにどう教育すべきかを議論しなければならないと思います。
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